水晶製の時計

 水晶製の時計が、その透明な針をくるくると、音もなく回している。てんで見当違いな時間を指し示しながら、きらきらと光を反射している。散らかった机の上にあってはやはり、その透明さのせいで散らかった輝きを放っている。いま何時なのだろう。時計の針は教えてくれない。ただ無音でくるくる回っているだけだ。盤上に書かれたローマ数字さえ、ひょっとしたら適当に書かれたでっち上げの記号なのかもしれないと疑ってしまうほど、その水晶製の時計は時刻に無頓着なまま回っていた。

 水晶製の時計が、その透明な針をくるくると、音もなく回している。動力は与えられていない。電池も入っていないし、充電もしていない。ネジもゼンマイも付いていない。誰に命じられたわけでもないのにひとりでに回転している。重力に逆らって12時を指し示そうと針を静かに持ちあげている。いま、どうせ12時になろうという時刻でもないのだが、それでも、水晶製の時計は今から12時を示そうとして針を持ちあげている最中だ。はじめから自分の意志でそうしていたかのように針は物言わず回る。

 水晶製の時計が、その透明な針をくるくると、音もなく回している。回る速度が一定でなくて、早まったり遅くなったりしている。オーケストラの指揮者に憧れた素人がタクトを握っているかのように、支離滅裂なテンポで回転している。脈打つかのように、偽りの時刻を指し示しては、透明に輝いている。その形状の端の方で光が虹色に見える。いつか、針が逆に回っていってしまうのかもしれない。その時、正気のままで水晶製の時計を、今のように机の上に置いておけるだろうか。加減速を繰り返した針は震えているように見える。

 水晶製の時計が、その透明な針をくるくると、音もなく回している。昨日までは砂時計だった、と言い張ったら、すべての人間がそう信じ込んで、水晶製の時計は砂時計としての過去を手に入れるのかもしれない。正しい時刻を指し示さないのも、針の回転が一定の速さでないのも、ひょっとしたら、元は砂時計だったからそうなのだと、受け入れられてしまうのかもしれない。あるいは、これから砂時計に成り果てる水晶製の時計だと言い張って売りに出すことさえ、出来るのかもしれない。散らかった机上の景色が、砂粒に変わり果てるまであとどれくらいだろう。

 水晶製の時計が、その透明な針をくるくると、音もなく回している。水晶製の時計が、その透明な針をくるくると、音もなく回している。